アルバムをめくるように、鴨宮をはなそう。

「鴨宮ってどんなまちですか?」
そう聞かれると、鴨宮で育った人ほど少し考え込んでしまうかもしれません。
けれど、鴨宮で生まれ育ったのんちゃんとあやちゃんに話を聞いてみると、

幼少期からのご近所さんだった、のんちゃんとあやちゃん。小田原でそれぞれ働くようになり、仕事をきっかけに再び出会いました。
ふたりの思い出の中には鴨宮につながる景色がたくさんありました。
夕焼けに染まる空。
駅から見える富士山。
家族と過ごした何気ない休日。
スマホの写真フォルダを開いてみると、鴨宮につながる景色がたくさん残っていたのです。

のんちゃん/あやちゃんの鴨宮カメラロール。
アルバムをめくるように、鴨宮をはなしてみましょう。ペラっ。
空が広いまち
「小田原よりも、やっぱり空が広いんですよね。鴨宮に一駅来るだけで全然違う。建物が低いから、駅に着いた瞬間に『空きれいだな』って思うんです。
夕方に帰ってくると夕焼けがすごくきれいだったり、鴨宮駅から富士山がよく見えたり。そういう景色を見て、『今日も富士山きれいだな』って思うことは結構あります。」
そう話してくれたのはのんちゃん。

酒匂川の日の出/鴨宮駅からの景色。
鴨宮駅に降りると、まず目に入るのは広い空です。建物が低く、視界を遮るものが少ないから、夕焼けの時間には空全体が染まり、晴れの日には富士山がくっきりと姿を見せます。
毎日見ている景色なのに、ふと足を止めて写真を撮りたくなる。
そんな景色が暮らしの中にあります。
憧れではなく、日常だった

家族での餅つき。
「おじいちゃんが農家だったので、休日は農作業を手伝いに行くことが多かったですね。」
のんちゃんのおじいさんの畑は、小田原市内とはいえ山を越えた先。休日になると家族で農作業を手伝いに行き、冬にはみかんを収穫し、夏には田んぼに入ることもあったそうです。

桜を摘むおじいさん/祖父母の田んぼ
家族で餅つきをしたことも、自然の中で過ごした休日も、のんちゃんにとっては当たり前の思い出。
けれど都市部で育った人から見れば、少し憧れの風景かもしれません。

いつも家には新鮮な野菜が。
実際、この日の取材のあと、のんちゃんが家に帰ると、おじいさんのつくったプラムやびわが届いていたそうです。
後日、そのプラムをおすそわけしてもらいました。
スーパーで買う果物とは違い、「誰がつくっているのか」が自然とわかる距離にあるだけで、安心できてよりおいしくやさしい味に感じられました。

プラムとびわ。
鴨宮は便利なまちですが、少し足を伸ばせば畑やみかん山の風景が広がっています。農家さんが身近にいるから、野菜や果物のおすそわけをもらうことも珍しくないと言います。
そうした“少し外に出れば人や自然とつながっている距離感”は、暮らしのいろいろな場面に表れているようです。
酒匂川のサイクリングロードも、子どもの頃からの遊び場でした。
大学時代には、「自転車に乗りたい」と東京に住む友人たちがわざわざ鴨宮まで遊びに来たことも。のんちゃんの家の自転車を貸して、一緒に大井町の桜まつりまで走ったそうです。

気持ちの良いサイクリングも鴨宮にいれば日常。
鴨宮では、自転車も暮らしの大切な相棒。
下曽我の梅まつりやいちご狩りへも自転車でふらっと出かける。車では混み合う場所も、自転車なら気軽に立ち寄ることができます。

下曽我の梅まつり/いちご狩り
自然の中で遊ぶことも、季節を楽しむことも、鴨宮では特別なレジャーではなく、日常の延長なんです。
ゆるやかなつながりが残るまち
鴨宮の話を聞いていると、「なんとなく知っている人がいる」という感覚があるように思えます。
ご近所に住む人の顔をまったく知らない、ということはあまりないそうです。だからといって、日々しっかりとしたご近所付き合いがあるというよりは、スーパーやお祭りで顔を合わせたときに「あ、どうも」と挨拶を交わす。
そんな、ゆるやかなつながりが日常の中にあります。
たとえば、印刷局のお花見のように、地域の中で働く人やその家族の姿が自然と見える場所があります。親の職場が身近にあったり、習い事や学校を通して、直接の友達ではなくても顔を知っている人がいる。そんな関係性が、今もどこかに残っています。
あやちゃんには、子どもの頃から通っていたお肉屋さんがあります。
「お気に入りのお肉屋さんがあって、ちっちゃい時からずっと通っていたんです。」
寄り道ができなかった中高生の頃も、そこまで来るともう“家みたいな場所”だったといいます。
唐揚げを1個だけ買って帰る。そんな日もありました。
「よく来たね」「またね」
そんな言葉を、当たり前のようにかけてもらえる場所。
お店と日常の距離が、とても近くにありました。
市役所に同級生がいる。
職人さんの息子が同級生だった。
話しているうちに思わぬ共通の知り合いが見つかる。
鴨宮や小田原には、そんなことが今でもよくあります。
そして、花火大会や、印刷局のお花見のように、特別なイベントでなくても、人と人の距離がふと近くなる風景があります。

酒匂川花火/印刷局の桜祭り
昔に比べれば子ども会も減り、商店街の風景も変わりました。
それでも、顔見知りとすれ違い、地域のお祭りに出かける。
そんなゆるやかなつながりは、今もこのまちに残っています。
なんだかんだいいよね、わたしたちのほんわか鴨宮
「鴨宮ってどんなまちですか?」
最後にもう一度聞いてみると、あやちゃんは
「なんだか、”ほんわか”してるんですよね。」
と話してくれました。
のんちゃんは地元の友達と旅行や遠出をして帰ってくると、「なんだかんだ鴨宮っていいよね」と言い合うそうです。
便利さや自然の近さだけではない、肩ひじ張らずに暮らせる心地よさが、このまちにはあります。

鴨宮のマップに思い出の地を書き込むふたり。鴨宮という地で育ったふたりの空気感もまた、ほんわか。
商店街の景色は少しずつ変わり、子ども会も減りました。
それでも、印刷局の桜まつりや、お肉屋さんで買った唐揚げ。友達と過ごした放課後、空を見上げた帰り道。
そんな何気ない思い出は、今もふたりのアルバムの中に残っています。
広い空。
人とのゆるやかなつながり。
少し足を伸ばせば海や山へ行ける距離感。
そして、「なんだか好き」と思える心地よさ。
ふたりの写真を一枚一枚めくっていくうちに見えてきたのは、ちょっとだけ心が和んで穏やかになるような、ほんわかとした日常でした。
そんな空気こそが、鴨宮らしさなのかもしれません。
[文・櫻井]













