旧三福不動産|小田原市にある不動産&リノベーションの会社

[小田原ごきげんぐらし]小田原への愛をお店の“武器”に。人生の覚悟を持って決めた移住

 
この連載では、旧三福不動産で仲介させていただいたお客さまのその後のごきげんな暮らしをご紹介しています。
 
東京・恵比寿で長年料理長を務めた店主と小田原という土地に惚れ込んだ妻が、海のそばに開いた割烹「和食 髙はし」。暖簾をくぐればご夫婦が紡ぐ心地よい空気と温かな料理の香りが出迎えてくれます。このまちの豊かな歴史や自然、食材に魅せられて移り住み開業したおふたりの背景には、どんな思いと物語があったのでしょうか。
 

店主の腕と女将の感性が交差する、夫婦ふたりのおもてなし

お店の外観。暖簾はオリジナルで、代里子さんの好きな景色である、海岸から見た箱根の山のシルエットがモチーフ


客席はカウンター8席のみ。お客様としっかり向き合いたいとこのスタイルに


小田原駅から小田原城の前を通り、国道1号線より海側へ一歩入った住宅街。そこに現れるのは、大正時代頃に建てられた平屋をリノベーションした割烹「和食 髙はし」です。メニューはおまかせコースのみ。小田原や近隣の新鮮な食材を中心に丁寧にこしらえた料理と厳選されたお酒を、カウンター8席のゆったりした空間で味わえます。
 

とある春の日の一皿。黒ムツとボタン海老。塩とわさびでいただくお刺身です


筍、真鯛、菜の花のお椀/伊賀牛炭火焼き


〆には太刀魚と筍の土鍋ご飯


このお店を夫婦で営むのは、店主・髙橋直樹さんと、妻であり女将の代里子(よりこ)さん。10代でアルバイトから飲食の道に入り最初は“飲食業しか出来ることがなかった”と言う直樹さんですが、コツコツと努力できる性分で経験を積んで、30歳から13年勤めた東京・恵比寿の割烹では料理長を任されます。一方、飲食店勤務は未経験ながら独学でお酒の知識と感性を深めてきた代里子さん。お酒について学ぶ姿勢を長年そばで見てきた直樹さんが、独立を機に仕事のパートナーとしてもスカウトし夫婦でお店に立つことになりました。
 

コロナ禍で見つめ直した、これからの料理人としての生き方

10代で出会ったおふたり。掛け合いから深い信頼関係が築かれていることが伝わってくる


「和食 髙はし」開業のきっかけとなったのは、飲食業界を取り巻く状況が大きく変化したコロナ禍でした。それまでは勤めていた会社を良い組織にしていこうと邁進してきた直樹さんでしたが、将来を考え大きく舵を取ることになります。
 
「この先、飲食業界で長くやっていくにはお店の規模を限りなく小さくするか、逆に企業として大きくしていくかしかないと思ったんです。それで独立して夫婦ふたりで小さくやっていこうと決めました」
 
夢の実現というよりは、時代の変化を見据えた生存戦略としての独立。2021年頃から事業計画を練り始め、前職との調整もありつつ2023年初夏に本格的な物件探しを始めました。
 

小田原への愛が一番の武器になる

実は開業の地として小田原を猛プッシュしたのは代里子さんです。歴史や自然が豊かな小田原が大好きで、開業前に住んでいた茅ヶ崎から直樹さんを連れて足繁く通っていました。
 
「戦国時代から近現代まで歴史が積み重なっているから、他のまちとは深さが違うぞ、って。日本のいいところが全部詰まっていて、お城に山、川、海、田んぼもあって…こんなに素晴らしい土地ってなかなかない。私は骨を埋めるのは小田原がいい!と思ったんです」
 

代里子さんが撮影したお気に入りの風景。この景色がのちに店頭ののれんのモチーフとなりました


最初はあまりピンと来ていなかった直樹さんも、徐々にその情熱に動かされていきます。
 
「妻がこのまちをそこまで愛してるんであれば、それが武器になるな、って僕思ったんですよ。長く続けていくには土地の魅力を自分たちで発信できないとコンセプトがブレていってしまう。だけど妻にこれだけの思いあれば絶対に通用する。これが『和食 髙はし』という屋号で夫婦でやる意味だな、って」
 

小田原城から海へと続く道のりは、お店への壮大なアプローチ

小田原に心が決まると、旧三福不動産との物件探しが始まりました。約2年間根気強く探し続け、最終的に出会ったのは江戸時代創業の老舗「小西薬局」の離れとして使われていた古民家。趣はあったものの長年使われておらず、当時は物置のような状態でした。
 
「行ってみてカビ臭かったり雰囲気が良くなかったらやめよう、と話していたんです。でも入ってみたらそれが全くなくてなんだか清々しくて。大切にお手入れされてきたんだな、と感じてすぐ決心が着いたんです」
 

工事前の物件の様子。まだ大家さんの荷物が残っていました


立地もおふたりの理想にぴったり合っていました。駅からは少し離れますが、小田原城の前を通り海も近いこの場所は大きな魅力だったと言います。
 
「市外から来てくださる方には、小田原城や海の景色も一緒に楽しんでほしくて。ここまでの道のり自体がお店への壮大なアプローチに思えたんです」
 
物件探しと並行してさまざまな準備を進めていたおふたり。そのなかでも本開業に向けた弾みとなったのが、シェアレストラン「宮小路オールド」での約4ヶ月間のプレ営業でした。なんと全営業日が予約で満席になるほど人気!その時に知って開業後に来店された方も多く、大きな宣伝効果がありました。また商工会議所や地元信金のサポートも手厚く、まち全体で新しい挑戦を温かくバックアップしてくれる風土も力になったと振り返ります。
 

数字を追うのではなく、愛してくれるファンを作っていく喜び

無事オープンを迎えて以来忙しい毎日ですが、東京時代と比べ、直樹さん自身の心持ちには大きな変化があったそう。
 
「恵比寿の頃はどこか“戦うモード”で数字のプレッシャーもありましたが、今は穏やかに、ファンを作ろうという気持ちで向き合えています。付き合いの長いお客様からも“顔つきが優しくなった”と言われますね」
 
「恵比寿時代からのお客様もこっちに来てからのほうがたくさん喋ってくださっているみたいで、皆さんもリラックスしてくださっているんだな、って」
 
代里子さんからは元々よくおしゃべりする間柄のように見えたそうですが、実は東京時代よりもお客様との距離も縮まっているのかもしれませんね。おふたりが選んだこの土地は、直樹さんのお仕事との向き合い方までも変えているようです。
 

厨房に立つおふたり。落ち着いた話しぶりの直樹さんと、朗らかでチャーミングな代里子さんのバランスがちょうどいい


 

ただの引っ越しではない。人生をかけてこのまちに根を張る覚悟

開業準備にあたり20年住んでいた茅ヶ崎から小田原へ居を移した際、お客さんから掛けられた言葉が今も心に残っていると代里子さんは話します。
 
「近場なので私は移住じゃなくて〈引っ越し〉だと思っていたんです。でもある時“人生を覚悟してここでやると決めて動いたなら、それはもう〈移住〉だよ”と言ってくださった方がいて。それは本当にそうだな、私たちは人生をかけて〈移住〉してきたんだ、と誇らしく思ったんです」
 
その移住から約2年(インタビュー時)。今では直樹さんもすっかり小田原愛が深まっていて、このまちのために何かしたいという思いが芽生えているそう。
 
「いつかお店の工事でお世話になった大工さんや庭師さん、小田原の異業種の方々と何かご一緒できないかな、って思っています。同世代の皆さんがすごくエネルギッシュなので、ひとつの塊になって小田原というブランドを底上げするような取り組みをしてみたいですね」
 
“人生を覚悟して来たなら、それはもう移住”、その言葉の通り強い覚悟を持ったおふたりの存在は、今やこのまちの新しい魅力を形作っています。自分の仕事に愚直に向き合い、まちを愛する気持ちをそのままお店の武器にする。そんな「和食 髙はし」のあり方は、これから小田原で新しい一歩を踏み出そうとする誰かにとってもきっと大きな道標になるはずです。
 
▼和食 髙はし
[住所]神奈川県小田原市本町4-2-48(小田原駅徒歩14分)
[営業時間]〈平日〉18:00〜22:00 〈土日〉12:00〜15:00/18:00〜22:00
[定休日] 不定休
[Instagram]@washoku.takahashi
 
掲載時の情報です。最新の情報はお店のSNSなどでご確認ください。